昭和10年(1935)の文福堂印房

昭和10年(1935)の文福堂

当時蒲田にあった店舗を兼ねた自宅前で初代店主・猛の膝に抱かれる3歳の末娘・七枝。

まずは間口の広い立派な店構えに驚かされます。正面左右にはしゃれた出窓型のショーウィンドウがあり、入口の上には右から左に「文福堂」と彫られた篆(てん)額が、看板代わりに掛けられています。

ちなみに隣りは「時計・メガネ店」のようです。電信柱横に見える袖看板、目玉のイラストの下には右から左に「メガ・・・」と書かれていて、その上にある菱形の看板もかろうじて右から左に「計」「店」の2文字が読めます。

ここで余談になりますが、この「右から左に読む」ということについて、少々ご説明しましょう。「戦前は日本語を右から左に読んで(書いて)いた」という認識が広くあるようですが、厳密に言えばそれは少々違います。

日本語で書かれた新聞、雑誌、書籍(特に文庫本)はどのように読みますか? あまりにも当たり前すぎる質問で恐縮ですが、当然のことながら
■上から下へ
■右列から左列へ
読み進めます。

これを先ほどの看板の例に当てはめると
③ ② ①
↓ ↓ ↓
堂 福 文

③ ② ①
↓ ↓ ↓
ネ ガ メ

③ ② ①
↓ ↓ ↓
店 計 時
となります。

従って
「右から左に“横向き”に読む」
のではなく、
「右列から左列へと(1文字ずつ)“縦向き”に読む」
というのが正しい表現です。

日本語(和文)は漢文の流れを汲んでいるので、文字配列はあくまでも「縦向き」が基本です。
(※右から左へのダイレクトな横向きも、かつては稀にですが用いられていました)

拙文のように現在われわれが慣れ親しんでいる「左から右への横向き」は、太平洋戦争後の米軍占領下において急速に普及、一般化しました。

閑話休題-。

当店の創業者である祖父・猛と祖母・イノとの間には4人の子供がありました。母・七枝はその末娘ということで、両親、特に男親の猛からその寵愛を一心に集め、言いかえれば甘やかされ放題で育ちました。